2011年8月24日水曜日


植物工場 環境にはいいのか?

ウソ ホント!? 環境の科学

文/山村紳一郎(サイエンス・ライター)
高品質な作物を効率的に生産する植物工場。国の新経済成長戦略のなかでも普及・拡大を目指す対象に盛り込まれた。一方で、大量のエネルギーを使う面もある。植物工場が環境に与える影響はどうなのか?
植物工場ビジネスに参入するベンチャーも増加中だ(写真はフェアリーエンジェルが運営する植物工場)
写真提供/フェアリーエンジェル
Q 環境に与える影響は?
 施設内で作物を水耕栽培し、生育環境を適切にコントロールすることで、高品質な作物を効率的かつ計画的に生産する「植物工場」。国の「新経済成長戦略」の中で「普及・拡大を図る」ことが示され、2009年度には緊急経済対策として約146億円の補正予算が組まれた。
 その急速な発展と関連ビジネスの拡大に期待が集まる(下のグラフ)。一方で、「大量のエネルギーを使い、人工光で作る意味があるのか」という声も耳にする。果たして、植物工場が環境に与える影響はどうなのだろうか?
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天候に左右されない

 植物工場の具体的な形態は、太陽光を利用するか否かで「完全制御型」と「太陽光利用型」の2形態がある(下図)。前者は太陽光を一切使わずに人工光源(主として蛍光灯)で栽培する。後者は、太陽光のみのタイプと補助的に人工光を用いるタイプがあるが、多少なりとも太陽光を利用する。いずれの形態も、光の強さや量、温湿度、二酸化炭素濃度、培養液で供給する養分などの環境を人為的に制御して生産を最適化する点は同じだ。
●植物工場のしくみ
出所:(左)三菱総合研究所、(右)三菱総合研究所の資料などを基に日経BP社「ケンプラッツ」が作成
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 植物工場のメリットは多岐にわたる。我が国の植物工場研究の草分けとして知られる、社会開発研究センターの高辻正基理事は、「季節や天候に左右されない生産の安定性や、計画的な生産調整が容易であること。さらに(完全制御型では)栽培ベッドと光源を積み重ねることで、単位面積当たりの生産量を上げられるなど、様々な利点がある」と語る。
 また、土を使わない水耕栽培なので、土地がやせたり、塩類や酸などが土壌に蓄積しない。つまり、連作障害が少ない。自動化や省力化が容易で労働環境が快適になるなど、就労者にとっての利点も大きいという。
 

低・無農薬でいつも“旬”

 一方、消費者のメリットとしては「土を使わないので食べる前に洗う必要がない」といわれることが多いが、それだけではない。低~無農薬ゆえに安全性が高い。衛生管理した環境で作るために極めて衛生的であるだけでなく、低細菌で腐敗菌が少ないことから、保存性にも優れる。栽培環境の最適化により、栄養面でも一般の野菜に勝るという。
 さらに、収穫時期が季節に左右されないことは価格安定だけでなく、鮮度にも寄与する。
 「旬の野菜は体に良いというが、植物工場ならどの野菜も“常に旬”といえる」(高辻理事)
 生産過程が完全管理できるため、製品のトレーサビリティー(追跡可能性)は極めて良く、食品としての安心感が高い。設備の立地条件を選ばないから、消費地に近い場所で生産できる。廃棄物管理も容易で、都市型農業にも適している。いわゆる地産地消どころではなく、売る店内で作る“店産店消”、自分の住む場所で作る“自産自消”といった流通形態が可能だ。
 将来的には、敷地の一角に植物工場を供えたマンションなども考えられ、収穫して即、食卓にという理想的な食環境も視野に入る。過疎地などに増加している廃工場を植物工場にすることで、地域活性化につながるという期待もある。
●工場野菜と一般野菜の栄養価の比較
出所:エスペックミック(『図解 よくわかる植物工場』高辻正基 より引用)
 

期待されるLED照明

 一方で課題も少なくない。特に大きな課題は、設置や運営にかかるコストだ。
 例えば、ビニールハウスによる水耕栽培と比較した場合、面積10a当たりの設置コストは約17倍、運営コスト(光熱費)は約47倍にもなるという報告がある(農林水産研究開発レポートNo.14,2005)。実際、植物工場で生産した野菜は、一般に流通しているものに較べて1.3~2倍程度の高値となっているようだ。
 コスト低減技術としては、「超低コスト耐候性ハウス」の開発などが進んでいる。完全管理型植物工場の運営コストで大きな比率を占める照明費については、消費電力が蛍光灯の数分の1で済むLED(発光ダイオード)照明に期待がかかる。
 LED照明は蛍光灯などと異なり、出す光の波長幅が小さい。つまり、特定の色の光しか出せないのだが、この特性は植物工場には利点ともなる。植物は成長するときに必要な光の波長がほぼ決まっており、最適な波長の光を選択することによって、より効率的な栽培が可能になるためだ。既にいろいろな波長のLED 照明が開発されている。
 LED照明は電流のオンオフに瞬時に反応するため、短時間に明滅する「パルス照射」が可能だ。照射時間を植物の光合成プロセスの「光を必要とする反応」に合わせれば、成長を促進できる。高辻理事らの実験では、サラダ菜に0.4ミリ秒周期で0.2ミリ秒間の照射をしたところ、連続照射に較べて同一の光エネルギーで成長率、光合成速度ともに20~25%の増加がみられたという。これらを植物工場で応用すれば、収穫時期の調整や収量拡大だけでなく、実質的な通電時間が短くなるため省エネにつながる可能性がある。
 つまり、「植物がどのような光を必要とし、どのようなプロセスでどう成長するのかを分析して、最適な照明や栄養供給、そのほかの環境管理を吟味すれば、コストはまだまだ低減できる」ということだ。
 実際には、今のところLED照明の価格がかなり高いため、当面は蛍光灯が主な光源となる。だが、植物工場に上記のようなポテンシャルがあることは間違いない。
 

植物工場はエコか?

 とはいえ、植物工場は照明などに電力を使うことで二酸化炭素を確実に排出する。この点だけを見て露地栽培と比較すれば、どれほど省エネを進めても植物工場は環境負荷が大きいといわざるを得ない。
 だが、高辻理事は「環境負荷という面では、エコとはいえないかもしれない」と認めつつ、「メリットとデメリットの総体を評価し、ほかの産業とのバランスを総合的に考えれば、植物工場は現在のエコロジーの流れを乱すものではないと判断できる」と言う。
 植物工場の環境面でのプラス要因は、無農薬が可能で土壌汚染のリスクがない、廃棄物の管理が容易、地産地消で輸送エネルギーを低減できる、蒸散する水を回収できるために水資源への負荷が小さい──などが挙げられよう。将来的には有機廃棄物をバイオマス発電に利用したり太陽光発電を組み込んだりすることで、一層の負荷低減の余地がある。
 今後、温暖化による気候変動などで農業生産に危機が発生した場合には、植物工場とその関連技術が食糧供給の一助になるかもしれない。農業の就労人口の減少や高齢化、休耕および耕作放棄地の増加といった問題を抱える我が国の農業にとってカンフル剤となる期待もある。
 植物工場の環境影響に関しては、まだ技術発展の途上でありデータが十分に整理されていないため、未解明の部分が多い。ただ、現時点の環境負荷だけでは判断できない可能性と必要性が、植物工場とその関連技術にはある、と言えるだろう。
A 現時点ではエネルギー消費が膨大。だが、環境的にプラスの側面もある
 
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日経エコロジー(2010年6月号)
日経エコロジー(2010年6月号)より

上記の記事「植物工場 環境にはいいのか?」は、『日経エコロジー』2010年6月号に掲載された記事です。なお、記事中に記載した内容については、『日経エコロジー』2010年6月号掲載時の内容となっております。
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